東京地方裁判所 昭和45年(ワ)10759号 判決
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〔判決理由〕敷金の交付請求について。
<証拠>によれば、被告らは原告に対し現行賃料額の六カ月分に相当する敷金を支払つたこと、右敷金については、被告らが原告に対し金銭債務を負担した場合、原告の選択によつて、なんらの催告もしないで、敷金の全部または一部をその弁済に充当することができ、この場合被告らは充当の通知を受けた日から、七日以内に六カ月分の賃料相当額に達するまで敷金額を補充しなければならない旨定められていることが認められる。
ところで、賃借人が支払う敷金は、賃借人の賃料債務およびその他の債務を担保することを目的とする金銭であるが、その額は結局当事者の合意によつて定められるべきものである。そして、当事者が敷金額を定めるに当つて依拠する基準としては、明確な地方の慣習がある場合のほか、一定のものがあるわけではなく、賃借人の信頼度(大きく信頼を寄せられる賃借人の場合には敷金の額は比較的少額に止まるであろう)、賃貸借の存続期間(期間が長期に及ぶ場合にはそれだけ敷金額が多額になつても不自然ではない)、目的物の種類、用方(その如何により保管義務違背等による加害発生の可能性が高まり、敷金による債権担保の要請がいつそう強まる)、賃借人の資力等賃貸借関係の具体的事情を考慮し、当該金額が債権担保の目的に照らして適当かどうかという判断によつて敷金の額を決定するのが通例であろう。しばしば、賃料の何カ月分という形で敷金の額を約定する例をみるが、これとても、叙上のような具体的考慮を回らしたうえでの結論を簡約に表示したにすぎないものと理解すべきである。右約定のうちに、賃料が増額された場合、賃借人が当然に、増額された賃料と既往の賃料との差額の何カ月分かを敷金として交付しなければならないとする増担保の特約を包含しているものと解するのは当事者の通常の意思に添うものではないと考えられる。既往の賃料が増額された場合、重要な被担保債権の額が拡張されたわけであるから、当事者は従前の敷金額が適当かどうかを改めて検討し、要すれば従前の敷金額を増額することを協議決定する措置をとる必要が生ずるだけなのである。
本件において、被告らが賃料の六カ月分に相当する敷金を支払つていたからといつて、賃料が増額された場合当然に増額された新賃料と既往の賃料との差額の六カ月分を交付する義務があるとはいえない。前記認定の敷金補充の約定は、被告らが賃料を延滞したり、賃借物件を毀損して損害賠償義務を負担するに至つたりした場合、原告が契約の終了を俟たず敷金をもつて当該債権の弁済に充当しうるとしたことに応じて、被告らが不足をきたした敷金を補充すべきことを定めたものであり、右約定をもつて賃料が増額された結果既往の賃料額を基準にして定められた敷金額に不足を生じた場合における敷金補充の関係までを予定した約定であるとは解されない。 (蕪山厳)